妄言録
プロフィール

乃木口正

Author:乃木口正
『妄人社』というサークルで、
小説を書いている乃木口正のブログ。

日々のあれこれ、創作のあれこれについて、
思ったり思わなかったりしたことを書いてきます。



閲覧者数



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



広告



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

9月4日
さて、今度の日曜日、9月4日に文学フリマ岩手が開催されますので、
ちょこっと宣伝記事。

前にも記しましたが、私も『妄人社』で参加します。
サークルスペースは『イ-05』。
新刊は『みにみす?2』(¥600)です。
以前出した『みにみす?』とおなじで、掌編ミステリ集となっています。
「いつでも、どこでも、どこからでも読めるミニ・ミステリ」という謳い文句どおり、
連作ではないので、どの作品からでも楽しめますし、『2』となっていますが、
『無印』との連関も特にありません。どちらからでも楽しめます。

その他の既刊は、いつも通りです。
新聞部シリーズ『半分のトランプ』、『脅す人形』、『天空の扉』、『欠けたピース』
天ヶ瀬結シリーズ『天ヶ瀬結の事件簿』、『天ヶ瀬結の回想』、『四つの筆名』
ノン・シリーズ『死体、』、『A.B.R』、『みにみす?』

以上を持参するつもりです。よろしくです。
ちなみに、新刊の表紙はこんな感じです。
みにみす2表紙

あと、当日はわたくし乃木口の誕生日でもありますので、
お祝いの言葉をくれた人には、逆誕生日プレゼント(粗品)を考え中です。
よろしければ、お立ち寄りください。

ではでは、


スポンサーサイト
誤解
書き手、読み手ともに誤解されている気がする事柄があるので、少し記したいと思う。
それは、「ファンタジー」よりも「ミステリ」のほうが、書くのに敷居が高く、難しいという誤解。
確かに、本格ミステリはロジカルさが求められることが多く、敷居は高いのかもしれない。しかし、ファンタジーと比べて、執筆が難しいかといえば、決してそのようなことはない。むしろ、私はファンタジーのほうが苦労する点が多く、難しいと思っている。
ロジックというと難しく感じてしまうのだろうが、平たく言ってしまえば、矛盾がないかということである。なので、現実の組み合わせを間違えなければ、極論ミステリは誰にでも書ける。
しかし、ファンタジーは違う。ファンタジーは存在しない、架空の世界を描く。街並、動物、道具、文化・文明、そして価値観。これらを一から構築していかなければならない。
ファンタジーは自由に書けると思われがちだが、思いつくままに書いていたら、とんでもない世界になってしまう。例えば、剣などの武具が安価で買えるに、その他の鉄鋼技術は低かったり(※①)、識字率が高いのに(※②)、学校もしくはそれに類するものが存在しない。
揚げ足取りに聞こえるかもしれないが、こうした細かな点が積み重なり、文化や文明、そして登場人物たちの価値観となる。なので、存在しない世界だからといって、思い付きで書けるわけではない。むしろ、下手な一文で世界を崩壊させてしまう可能性さえ、有している。ファンタジーの文章はデリケートなのだ。
「優れたファンタジーは歴史小説だ」というのは友人の言だが、私もそう思う。時代にそぐわないものを歴史小説で書くわけにはいかない。ファンタジーも同じだ。
しかし、現代ミステリは現実にあるものを描くのだから、神経を尖らせる必要もない。自然主義が如く、ありのままを描けばよい。

さて、早足ではあったが、これでもミステリは敷居が高く、難しいと思うだろうか。ファンタジーを書いている皆さん。また、書こうと考えている皆さん。あなた方が書いている(書こうとしている)小説のほうが、ミステリよりももっと神経質でデリケートです。なので、気晴らしにミステリを書いてみませんか?
そして、文フリやテキレボなどの即売会で頒布しませんか?
ミステリジャンルはサークル数が少ないので、目立ちやすいですよ。

――という、ジャンル勧誘の文章でした。
ではでは、

※①…安価で武具が買えるということは、その国(もしくは世界)の鉄鋼技術は優れているはずなのに、街並に鉄製品が全く出てこない不思議。
※②…店の看板が「文字」で書かれている場合、町や村の人々は多くが字を読めると考えられる。

映画感想
先週、シン・ゴジラを観てきた。圧倒されるくらいの情報量に、二時間全く飽きることなく楽しめた。
しかし、いくつか引っかかる点もあったので、感想がてら、そのあたりを記したいと思う。

以下、ネタをばらしてしまう記述も出てくると思うので、未見の方はお気をつけください。

まず、最初に書いたように、いち観覧者として映画はすごく楽しめた。
一級のエンターテインメントだとも思った。
そこだけは履き違えてほしくないので、改めて強調しておきます。

さて、では何に引っかかったかというと、まずゴジラの存在そのものに違和を覚えた。
もともと作中のゴジラは核放射能によって突然変異した生物であり、現実世界でもヒロシマ・ナガサキの原爆、第五福竜丸の被爆など、核の脅威がゴジラを創造させた。
2016年の現在の日本(とりわけ、東日本)で生きる私たちにとって、核の脅威を考えた時に真っ先に浮かぶのは3.11の福島原発の事故だと思う。
今、改めてゴジラを作るのであるから、当然それが念頭に置かれた作品となるのだろうと、予告編を見た時から思っていた。
結果、その予想は当たった。もしも、あの事故を無視したただの娯楽作品であったならば、唾棄すべき駄作となっていただろう。そこは満足なのだが、ただ、ゴジラの存在があまりにも直喩すぎはしないか。あまりに安直にそれと結びつきすぎてはいないか。あくまでも、ゴジラは核の脅威の暗喩であるべきではないだろうか。その思いが、上映中しこりのように胸に張り付いて離れなかった。
極論を言ってしまうと、劇中のあのクライシスはゴジラでなくても起こせたのではないか。ゴジラでなければならなかった必然性が弱く、それがゴジラの存在への違和感となったのだと思う。

あと、無茶は承知で付け加えれば、タイトルはゴジラではないほうが、楽しめた――もしくは、驚けたと思う。
はじめ、ゴジラは名前のない未知の巨大生物として登場する。見た目も、私たちが知っている二足歩行のそれではなく、トカゲやヤモリのように地を這う四足歩行の奇妙な形態である。
「これはなんだ?」というのが率直な感想だと思う。
そして、物語が進み、その未知の生き物に『ゴジラ』という名前が与えられる。その後、一度海底へとフェイドアウトしていたゴジラが再び日本に上陸するのだが、その時、はじめてゴジラは私たちの知っている形態のゴジラとなって現れる。
もし、『シン・ゴジラ』をゴジラと知らずに見ていたら、あそこで「この映画はゴジラだったのか。」と大きな衝撃を受けていただろう。その衝撃を味わってみたかった気もするが、『ゴジラ』でなければおそらく観賞していないと思うので、無茶なことを言ってると承知している。
最後、もう一点だけ、肌に合わなかった点をあげて終わりにしたいと思う。

物語後半、猛威を振るうゴジラに主人公たちは団結してゴジラと、そして世界に立ち向かうのだが、その描かれ方が、「日本はこんなものではない。」、「日本の底意地をみせてやる。」という、まるで下町の工場の職人技術をもって日本の実力を誇ろうとするドキュメンタリーのような不快感さがあった。
「日本にはこんなに素晴らしい技術があるので、まだまだ大丈夫。」という、視聴者を勘違いさせるあれだ。
一定の年代(某直木賞作家の作品を好むおじさま方)には受けるのだろうが、私は何ら感じ入るものがなかった。

と、批判的なことを書き続けたが、冒頭で述べたとおり、この映画は本当に面白かった。万人受けする作品ではないが、あらゆる意味でのオタク向けの作品であり、エヴァ世代のオタクである筆者が面白いと思わないわけがない。
エヴァがそうであったように、兎に角語りたくなる作品。それが『シン・ゴジラ』である。


久々の執筆
どーも、こんばんは。
趣味で同人活動をしているくせに、最近新作を書いていなかった人間です。

創作意欲が薄れたわけでもなく、ただ何となくずるずると書かない日々を送っていました。
一度書かなくなると、書きはじめるのに気力と体力がかなり必要で、ついついとね。
が、久々に創作活動をしました。
十月に開催される同人イベント、テキストレボリューションズ(通称テキレボ)の公式アンソロです。

4000字上限なので、掌編といったボリュームの作品なのであっさりと読めるはずなのですが、
しかし、このアンソロ、立つんです。

テキレボ界隈の人は言わずもがなですが、分厚いんですよ、あの本。

テキレボは同人イベントには珍しく、紙媒体のカタログがありません。
その代わり、公式アンソロを発行し、収録作でサークルアピール兼チェックをするというもの。

もちろん、参加者への強制ではないので、書かなくても良いのですが、
せっかくのアピールなので、当然書きます。
もちろん、ほとんどの人が書きます。するとどうなるか、想像してみてください。
「約100人が執筆している同人誌」を。

ね、立つでしょう?

物理的にも厄介な代物ですが、執筆するにあたっても、厄介な点があります。
このアンソロには毎回テーマがあるのです。
第1回は「はじめての××」、2回目が「再会」、3回が「猫」で、今回が「和」でした。

和、和、和……、なかなかどうしてこの世で一、二を争うほどに馴染み深い字なのに、
テーマとして掲げられると、いやはや良いアイデアが思いつかない。

ノギ偏とクチなので、筆名の乃木口という寒々しいダジャレでいこうかとも考えたが、
あまりにも寒すぎるので、自主的に没。
足し算を利用した、物理トリックなども考えましたが、どうにも良い形にまとまらない。
で、結局投稿した作品に落ち着いたわけですが、まあ、いつも通り。
何の動きもない密室劇です。
「お前の作品、いつもこれだな。」と思われても仕方のないレベル。
どうすればあの短い文字数で動きのある作品が書けるのか、マジでご教授願いたい次第です。

とまあ、それなりに色々考えた作品を8月1日に投稿しました。
「ん?」と思った方は勘が鋭い。
ぶっちゃけてしまえば、してましたよ、しんがり争い。

先ほども記したとおり、参加者が100人規模のアンソロジーです。
すべてに目を通す方が大半だと思いますが、どうしても真ん中に収録されると目立ちつらい感は否めません。
トップバッターから、5人目くらいがやはり一番目立つでしょうし、ある意味では大取も目立つでしょう。

で、作品が仕上がったのが、7月31日。締め切りの前日です。
まあ、ここまで来たら、と黒乃木口が悪いことを考え出します。
(ちなみに、白乃木口は存在しません。)

皆さんお分かりの通り、何をしたかといえば、時間いっぱいまで待っての投稿です。
アンソロの掲載は投稿順というのは聞いていたので、締め切りギリギリだと、大取の可能性が大です。

まあ、自分が編纂者なら、「くだらないことしてないで、さっさと送ってこい。」と怒鳴るでしょうけどね。

ちなみに、締め切りの延長という慈悲が施されたので、私の大取はまずないはずです。
むしろ、こんなぶっちゃけ話をして、大取だったら恥ずかしくてイベントに出れません。
今は大取ではないことを祈ってます。

もちろん、次回はくだらないこと考えずに、普通に投稿しようと思ってます。
まあ、私の普通はたぶん締め切り前日ぐらいでしょうが……。

で、ここまで書いてきて、この文章で何が言いたかったかというと、
人間真っ当が一番。下手な小細工は、自分を貶めるだけ。
なんてことではなく、
自分が参加したアンソロの宣伝でした。

9月のイベントで頒布予定と記憶しています(違ったら、ごめんなさい)。
ボリュームは満点ですし、十人十色の物語が楽しめます。テキレボに参加しない人も是非是非。

ではではー。





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。