妄言録
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Author:乃木口正
『妄人社』というサークルで、
小説を書いている乃木口正のブログ。

日々のあれこれ、創作のあれこれについて、
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選挙
どーも、本日期日前投票を済ませてまいりました、乃木口です。

さて、タイトルの通り、選挙です。
選挙権が18歳となったり、合区など、今までと違いの多い国政選挙ですが、
気の所為か、あまり盛り上がっている気がしない。
盛り上がっているという言葉が適当でないなら、熱を感じられないと言い換えた方が良いだろうか。

テレビをあまり見ないから、そう感じるのだろうか?
いや、でも以前は意識していなくても、選挙に向けての空気や情報が周囲を覆っていた気がする。
学生の頃、街宣車のアナウンスで睡眠を妨げられてイラついたのを覚えている。
(まあ、昼過ぎまで寝ている人間が悪いのだが……)
でも、今回の選挙でそうした喧しさを覚えた記憶がない。
選挙運動の方法が昔と変わったからなのか、それとも、それを自分が『喧しい』と感じなくなったのか。
どちらものような気がするが、それにしても、従来のメディアから発信される情報が減った気がする。

選挙前になると、報道番組では特集として討論会などを放送していたが、今回はあまり目にした記憶がない。
(前記した通り、テレビを見るのが減ったから、見逃しているだけかもしれないが……)

とらえ方、感じ方の問題かもしれないが、私は今回の選挙に盛り上がりの低さを感じるのだ。

盛り上がりの低さというのは、裏を返せば『関心の低さ』である。

投票者の関心が高ければ、それが善きにしろ悪しきにしろ、
選挙運動も喧しくなり、メディアも情報であふれるだろう。

では、何故今回の選挙は関心が低いのか?

一つは参院選だからではないか。
衆議院選の場合、解散というカタストロフが起きた後に行われるので、人々の関心を集めやすいが、
参議院選は3年ごとのルーチンワークのようで、祭感がないから。

もう一つは、争点の曖昧さ。
分かりやすい争点がなく、結局何を選べば良いのか分からないので、興味が失せてしまっている。
そんな気がする。

確かに、何か大きな題目があり、その是か否を決める投票は楽でいい。
でも、そうした選挙の時も決まるのはその争点だけでなく、
他の細かなものも選んでいるのを忘れてはいけない。
つい大きな選択肢に邪魔をされ、見えにくくなってしまうが、判断基準は一つではない。

翻って、今回の選挙は大きな争点がないことで、自分にとって何が大切なのかを考える機会でもあると、
私は思う。

何を選べばいいのか分からないのならば、
今の自分にとって、何が一番の問題事・関心事なのかを考えればいい。
育児なのか、介護なのか、労働なのか、はたまた憲法なのか。

それでも、選挙公約はどれもとても都合の良いことを言っているので、迷ってしまう。
『この問題については、A党が言っていることが良いと思うけど、
別の問題では、B党が言っていることが良いと思う。』
さらにはC党も加わってはもう判断のしようがない。
「すべて良し。」と言える公約や政党というのは特別な思想がない人には中々現れないと思う。

なので、自分の問題として何を一番とするかを考え、
それを解決してくれそうな候補者・政党に一票を投じればいい。

「でも、結局誰に投票しても世の中変わらないじゃん。」という声も発する人もいるだろう。
私もそれは否定しない。
でも、投票をしない人は今後どのような政治が行われようと文句の言える立場ではなくなってしまう。
だって、投票をしない=どうなっても構わない、という意味に解されても仕方ないから。

だから、とりあえず選挙には行こうよと、一般的なことを言いたい。
投票したことにより、心理的なアリバイができて、
世の中が変な方向に向かってしまった時、文句が言える。
そんな小さな理由でも構わないと、自分は思う。

全ては自分と、自分の身の回りの人のため。
関心を抱く理由なんて、それだけで十分じゃあないですかね?

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