妄言録
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Author:乃木口正
『妄人社』というサークルで、
小説を書いている乃木口正のブログ。

日々のあれこれ、創作のあれこれについて、
思ったり思わなかったりしたことを書いてきます。



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模倣と逸脱
創作において、オリジナリティーというのは、どこまで求められるのだろうか?

ここしばらくに及ぶ某国際大会のエンブレムに関する騒動もそうだが、
ネット上では殊更に『類似』や『模倣』などを悪とみなす風潮がある。
しかし、それらは本当に悪いことなのだろうか?

もちろん、他人の作品を自らの作品とするのは盗作であり、犯罪だ。

だが、似せることや真似ることは罪なのか?

否。
というのが、私の個人的意見だ。

いかなる創作においても、はじめの一歩は模倣である。
先行作品に刺激を受け、同じような作品を作り上げたいという衝動が創作へと駆り立てる。
神宮球場で野球観戦をしている時に、不意に小説を書いてみようと思うなんてことはない。

そして、その衝動は創作初期にだけ起こるものではない。
優れた作品に触れれば、創作欲は刺激され、より優れたものを作りたいと思う。

芸術も科学も長い年月の積み重ねであり、先人を上回る――乗り越える行為が、
その世界を更新し続けてきた。

そして、それらは形式と呼ばれたり、公式と呼ばれたりするようになる。
つまり、『お約束事』だ。

もしもこの『お約束事』も悪と言うならば、ルールを無視した『逸脱』しか創作の方法はなくなる。

だが、『逸脱』した作品を我々は受け入れることができるだろうか。

それは、
不快に感じるのではないか?
不安に感じるのではないか?
不満を覚えるのではないか?
認められないのではないか。

評価されないのは、もしかしたらば、
その『逸脱』に対して時代が追い付いていないだけかもしれない。

しかし、後年認められる形式から『逸脱』した作品は、『お約束事』を研究・解体した上での逸脱であることがほとんどだ。

つまり、アプローチは違えど先人の足跡をたどる行為には変わりない。
『模倣』も『逸脱』も同じ親から生まれた双子の兄弟だと、私は考える。
そして、二つの目的は同じだ。
先人の足跡を超える。
これだけだ。

創作のオリジナリティーとは、形や見てくれの類似ではなく、この心意気なのではないだろうか。

形だけを判断基準としたオリジナリティーなら要らない。
たった一つの『点』だけの違いだとしても、その心意気があるものを私は望む。

まあ、実際はそう簡単な話ではないけれどもね。
せめて気持ちだけはね。

ではでは、

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