妄言録
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乃木口正

Author:乃木口正
『妄人社』というサークルで、
小説を書いている乃木口正のブログ。

日々のあれこれ、創作のあれこれについて、
思ったり思わなかったりしたことを書いてきます。



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さて、
まともに更新をしてから、随分と間が空いてしまいました。
ご無沙汰しております。
もしかしたら、はじめまして。
とーも、ブログ主の乃木口です。

前回、最近ブログに書くことがなくなっているから、創作について書くなどと放言したまま
フェイドアウトしたような状態になっていましたが、忘れていたわけではなく、
「とはいえ、自分にとって創作ってなんなんだろうね?」と、
改めて考えはじめたら分からなくなってきていたのと、気が乗らなかったのの二つです。
(どちらの比重が大きかったのかは、想像にお任せします。)

しかし、いい加減何か書かないと格好もつかないので、重い腰を上げようと思います。
少し長くなるかもしれませんが、お付き合いください。

『創作』。意識的にこれをはじめたのは中学生の頃だったと記憶しています。
当時、ヤングアダルトと言われていた小説ジャンル(今で言う、ライトノベル)を読みはじめた影響です。
あかほりさとる、神坂一などを熱中して読んでいました。
当然、書く小説は影響を色濃く受けたファンタジーものです。
でも、書きあげたのは一二作だったと思います。
今考えると、あれは創作というよりも、思いついたものをただ書いていた児戯だったのでしょう。

高校に入り、読む本が少しずつ広がりはじめます。
先に上げたものとレーベルは同じですが、大塚英志や乙一。また世間から批難される前の『バトル・ロワイヤル』。そして、清涼院流水。
読むものが現代ものになると、自然書くものも、現代を舞台にしたものが増えていきます。
さらに、高校では創作をともにする仲間と出会えたのも、私の創作にとって大きかったと思います。
その中の一人とは、いまだにつるんで私の書いた同人誌の表紙を描いてもらったりもしています。

創作は孤独との戦いでもありますが、他者からの刺激は戦うエネルギーになる。
私が性懲りもなく創作を続けられるのは、いつも近くに刺激を与えてくれる人間がいるからでしょう。

それは、大学に入学してからも同じでした。
一年の時はサークルに属さず、ひとりで小説を書いていたのですが、結局まともに仕上がったのは
長編が一作だけ。あとはことごとく途中で書けなくなりました。
二年生に進級したのを機に、漫研に入部。
コミケに参加する、創作活動を行うサークルで、小説の活動もしていたので戸を叩いてみたのです。
しかし、(大学の同級生がまれにこのブログを見るので声を大にして言えませんが、)
けっして小説活動もレベルが高かったわけではありません。
でも、同級生たちが書くものは、自分とは全く違うアプローチのもので刺激的でした。

読書傾向は、大学の講義との兼ね合いもあり近代文学や評論などへ移っていました。

しかし、三年四年となり、サークル内に後輩ができてその作品を読むにつれて、
違和感を覚えるようにもなりました。
苛立ちや不快感というと過激ですが、それに近い感情を読後に抱くのです。
当時は、それは設定のゆるさやぶれの問題だと思っていました。しかし、
後々それは『創作』することへの『自覚』の有無だと分かりました。
創作――言葉を発していることへの自覚なく、ただもっともらしい物語を形作っているだけのものにたいして抱いてしまう嫌悪感。
これは今もまだ私の胸にあり続けます。ただ、このことについては、次回以降に譲ることとします。

他人の創作に刺激を感じなくなった私は、サークルからやや距離をとるようになり、
再びひとりでの創作へと戻っていきました。
大学を卒業し、二年間プラプラしながら小説を書く、完全にダメな人間ルートへと入っていました。
でも、案の定、ものになった小説は片手で数えるのに十分すぎる点数しかありません。
当然、結果など何も残りませんでした。
潮時と思い、就職をし、当時付き合っていた恋人と結婚しました。
普通に考えれば、これで創作にささげた青春も幕を閉じるのですが、あにはからんや、
「今からが本番です。」

大学の同級生に誘われるまま、同人活動をはじめたのです。
最初は主催である彼女が立ち上げたサークルに寄稿するだけだったのが、編集をするようになり、
単著を作り、個人サークルまで作ってしまいました。

すでにサークルを立ち上げてから五年ほどになります。
いい年してこんなバカみたいなことに心血を注ぎ、突っ走れたのは刺激を与えてくれる人間が傍にいたからだと思います。

私を同人の世界へと引っ張った同級生や、いつも素晴らしい絵を描いてくれる高校の友人。
そして、イベントで知り合った人々。

創作は孤独との戦いです。
でも、ひとりのエネルギーでは作品は完成できない。
多くの刺激があって、はじめて作品を書き上げられる。
そんな風に、私は思います。

もしかしたら、これは甘えなのかもしれません。
でも、振り返ってみた時、私にとっての『創作』とはそうしたものでした。
もし、創作に行き詰っている人がいたならば、刺激をもらうことができる相手を近くに見つけることをオススメします。
もしくは、イベント参加を繰り返すのでもいいと思います。
多くの即売会に参加していると、交流がなくとも、同じ戦いをしている同士/同志から自然と刺激をもらうようになりますので。

そういう意味では、私の創作人生は趣味としては幸せな限りです。
近しい人間や交流のある同人仲間、交流はないが顔見知りのサークルさんなど、
様々な距離の人間からエネルギーをもらえているのだから。

自伝のようなものを長々と書いてきましたが、私にとって創作とは
「孤独との戦いであるが、ひとりでは戦い抜けないもの」というのが結論でしょうか。

もちろん、これが『創作』の全てと思ってもいません。むしろ、今回は割り合い綺麗な形にラッピングした印象です。
でも、嘘でもないです。
ま、簡単に語れるほど単純ではないということで、機会を見つけつつ創作語りを今後も続けていきます。

ではでは。
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方針転換
さて、久々にブログを更新するにあたって、色々と考えたことがある。
それは何かというと、特に書くことがないということだ。今までも特に大したことを書いていたわけではない。日常のことや同人活動のことなど、その程度だ。
しかし、夏ごろからツイッターをはじめたおかげで、一言二言で済んでしまうことは、そちらでこと足りてしまっている。わざわざ長々とした文章にせずとも、140字で終わらせる方が、楽なのだ。
文章として書くと、どうしても起承転結を考えて書いてしまうが、ツイッターならば、脈絡のない言葉でも成り立つ。むしろ、呟きなんてものは、そんなものだ。
では、今後も一定のペースでブログを更新するにはどうしたらよいのか?
今までのままだと、結局ツイッターでの言葉が勝り、ブログで書くことが失われていく気がする。
では、まったく違う発想の言葉を発するのはどうか、とも考えたが、やっていて自己分裂に陥りそうだし、ブログとツイッターの両者を見ている奇特な人間からすると、矛盾だらけの発言に人間性を疑われかねない(それほど大そうな人間性があるのかは別として)。
では、どちらかを止めるか。しかし、それは何も解決していない気がする。
両者を投げ出さず、共に活用していく方法を考えたい。
そもそも、ブログをはじめたのも、ツイッターをはじめたのも、同人創作界隈の影響である。同人を続けている間は、なんとかこちらも継続したいのだ。
では、いっそう話題を限定すればどうだろうか。同人創作からはじめたのであれば、話題を創作に限定する。下手に日常的な誰にも喜ばれない話を掻き散らすのではなく、自身の創作および同人活動に対する考えをまとめる。それならば書き続けられるのではないだろうか。そもそも、読んでくれている人も創作界隈で知り合った人が半数以上ではないかと思うし……。
ツイッターは思い付きを垂れ流し、ブログでは創作のことだけを語る。これならば、両者が矛盾をきたすことも、内容が似通うこともない。
うん。しばらくはその方向で進めてみて、ダメならばまたその時に考えよう。

というわけで、しばらく創作のことを語り続けると思います。
まずは、自分の創作を振り返るという意味で、影響を受けてきた作品を思い出してみたいと思います。

ではでは、つづく。





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